役員メッセージ

かつ便りNo.50 ~言葉の持つ重み~

 みなさま 田中かつゑです。週末に家でくつろいでいると、ニャンコたちに囲まれます。みんな自分が一番!といわんばかりにすり寄ってきます。新聞の上に箱座りされると読めません…キーボードは打ってくれなくても良いですよ…この海苔せんべいはおかあさんのです、あげませんよ…とほほ。

 前職で、中堅のポジションにいる女性たちを幹部社員まで育てるというプロジェクトに携わっていたことがあります。当然一人ひとりの個性や考え方を知りたかったので個人面談を何回か実施したのですが、その時の事。ある方のストレートな質問。

「かつゑさん、子供って持つべきなんでしょうか?」

 正直、質問の意味が瞬時に理解できず、固まりました。そうしたら続いて、

「実は母から『おばあちゃんなんて呼ばれたくないから、
子供なんて作らないでね』と言われました。
それが結婚に向けて(未来の)夫とご挨拶に行った時なので、
びっくりしたと同時に命令の様に聞こえてしまって…」

「でも、親戚からは『早く子供の顔を見せて』と言われ、苦しいです」

 私からは、『たとえ親御さんであろうと、当事者ではないのだから責任を伴う発言をしていないこと』『自分の人生を楽しくしてあげてね』『自分の未来を決めるには自分だけ』という趣旨のお話をしました。

 ここで私が痛感したのは、語り手・受け手にとっての言葉の重み、です。 

 もしかして発言した側はケロッとしていて、言ったことすら忘れているかもしれません。けれど、言われた側に言葉の刃はずっと刺さったままなのだと思います。そう書くと、私たちは不用意に相手の神経を逆なでしたり、自分の価値観を押し付ける発言は慎まねば…と自省や自虐の念に駆られがちですが、ちょっと整理してみたいと思います。 

 人によって価値観が異なるのは当然ですが、以下のようなパターンだったらどうでしょう。

話題Aについて双方の立場 受け手(反対または逡巡)
関心なし関心あり
話し手
(賛成意見)
関心あり
関心なし

 ①は受け手にとって興味が無い話題なので、お茶を濁してやり過ごせそうです。もちろん話し手の話題の頻度や推しの度合いによりますが。
 ②は、ただの世間話としてその場限りでお終いにしましょう。
 ③多分これが、受け手にとって辛いのだと思います。話し手が例え冗談で発言したとしても、受け手は真摯です。そして心の中で猛烈な葛藤や悩み、怒りに似たものが発生するのだと思います。辛い事です。

 でもでも…と声が聞こえますね。話し手は受け手のことを完全に分かっていないのに酷じゃない?そんなこと考えていたら怖くて何も言えなくなっちゃうよ、と。

 そんな時はこんな言葉はいかがでしょう。

  • 私はXXXと思うのだけど、気を悪くなさったらごめんなさい
  • 私はYYYが大事なのだけど、これは私だけの意見だから気にしないでね
  • あなたの考えを聞かせてくれたら嬉しい

 受け手がどんな感情や価値観を持っているのかわからない。けれど、話し手が主張したい事がある。こんな時は、あくまでも『私』がそう考えるのであって、受け手に強要しているのではない、と明確に伝える。さらに、聞き手の価値観を予め知っておくことで不要な感情の食い違いを避ける。

 さらに、この頃思うのです。私達位の経験値と年齢を重ねていくと、言葉を操ることが刃と同等の位置づけになってしまう事が予想される時、沈黙は金、とするのも手かなと。有限と無限の情報の組み合わせの妙でしょうか…

overmansupermundaneによるPixabayからの画像