役員メッセージ

かつ便りNo.65 ~have to, want to~

 みなさま 田中かつゑです。保護三毛ニャンコは段々と病気も良くなりつつ、激アマちゃんに変身中です(私の噛み傷は癒えていないのですがね)。 顔つきも穏やかになってきました。健康になって他のニャンコと一緒に暮らすようになったら、おかあしゃん争奪戦の仲間入りですね。

 師走を迎え、今年のうちにやっておきたい事が増えてきました。大掃除に始まり、ワックスがけ、片付け、模様替え、猫の防寒用意などなど…週末はずっとこれらの何かをやっていることになります。年中行事ですね。これらの家事自体は普通の事なのですが、何故か遅々と進みません。うーん、すっきりと新年を迎えたいのにもたつく。その原因は……私がこれらを好きではないのです。

 普段の掃除は、猫達がいると強迫のようにやらねばならぬ家事になります。なので、毎日掃除機は大活躍です。もしかすると、その毎日の掃除だけで辟易しているのかもしれません。大掃除を始めとした年末の家事は何故か心躍らない。できるならそっと、閉じておきたい。でもでも、やらないと、と葛藤が始まります。で、もたもたしているうちに年末が到来するのです。自己嫌悪…。

 仕方がないので、各家事のどこが嫌なのか考えてみることにしました。何事も原因を正しく理解する事が大事ですからね。すると、私の場合は「床に何か物が置いてある状態」が嫌いだという事がはっきりしました。だだっ広い空間が好きなようです。

 ならば、その空間にしてしまいましょう。やらねばならぬ事をやりたい事に変換してしまうのです。もちろん大きな家具や白物家電などはなくせないのでそのままですが、テーブル・椅子、敷物など移動可能なものは一旦別の部屋にすべて退避。その上で大掃除とワックスがけにトライしてみました。うん。気持ちいいです。障害物がなく、一気にお掃除が進みます。ついでに片付けもしてしまいましょうか。退避した小さい家具や小物をじっくり眺めます。それら一つ一つに対して「なかったら困るかどうか」を熟考します。

 ここで改めて考えました。「やらねばならぬ」がなぜ「やりたくない」に心の中で変換されてしまうのか。

 こんな図式だったのですね。

 やらねばならぬ ⇒ 義務 ⇒ 何かに強制されている ⇒ 自分の意思ではない ⇒ 反発 ⇒ やりたくない ⇒ 先送り

 そのため、矛先を変えたのがこんな感じです

 やらねばならぬ ⇒ やれたらいいな ⇒ やれる理由を探す ⇒ 見つける ⇒ そこに集中 ⇒ ついでに周りも ⇒ 完了

 この発想転換は「やれる理由」がひとつもなければ成立しませんが…大掃除とワックスがけはこの方法で何とかしのぎました。こじつけでも、何か一つでも好きとか楽しめる要素を見つけ、ワクワクの欠片を味わうのが大事なんだなと改めて思いました。心へのご褒美が必要なのでしょう。

 そんな私ですが、やらねばならぬ対象が子供たちや猫になると、がぜん心持が変わってきます。本当に不思議なのですが、そして彼らが最大限の祝辞をくれる訳でもないのですが、彼らの為に何かをやるときには「やらねばならぬ」は自動的に「彼らの為になにかをやってあげたい」に脳内変換しています。やれる理由を探すまでもなく、彼らをサポートすること自体が嬉しくてたまらないのです。けれどこの話を海外の友人にしたら、“How old are they? You pamper your kids too much!” と叱られてしまいました。もしかすると私は自分自身の自己満足を彼らのためとすり替えているのかもしれません。やりたいことに関しても難しいですね。どんな所作にも、多方面から考えないと偏ってくるのだな、と大掃除をしつつ哲学的な考えに発展してしまいました。