みなさま 田中かつゑです。ヘアドネーションって経験ありますか。先日ずっと伸ばしてきた髪を寄付しました。美容師の方から「50cmもあって大漁だ」と言ってもらえました。長い髪のウィッグが品薄なんだそうです。私の髪が誰かのお役に立ってくれるといいな。
突然ですが、ピーター・F・ドラッカーさんの「三人の石切り工の昔話」はご存じですか?ちょっとご紹介。(有名すぎるお話なので色々な解釈が成されています)
彼ら(石を切っている人達)は何をしているのかと聞かれたとき、
第一の男は、「これで暮らしを立てているのさ」と答えた。
第二の男は、鎚で打つ手を休めず、「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしているのさ」と答えた。
第三の男は、その目を輝かせ夢見心地で空を見あげながら「大寺院をつくっているのさ」と答えた。
(「マネジメント 下」P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社出版、p87)
ドラッカーさんが何を言いたかったかは『マネジメント』に書いてあるんですが(私は熟睡しました……)、こんな解釈ができると思います。
第一の男 | 1日の報酬に対し仕事をする。だが成長はないため マネジメントの人間にはなれない |
第二の男 | 専門能力の重要性は認めるが、全体のニーズとの関連に おいてでなければならない |
第三の男 | 彼こそがマネジメントの人間である |
あなたは何番目の人ですか……?
以前作業と仕事のことを書いたのですが、そこにも通じると思います。自身がやっていることが、何のためなのか、を実施する前に考え、実施中にも考える。単に指示されたからこなしているのか、自分の成長のためなのか、誰かの幸せに寄与しているのか…とらえ方によって一見つまらないと思われる作業は仕事になり、更にはミッションにまで昇華していきます。
そして、自身のやっている仕事をミッションと捉えられると、仕事はグンと面白くなります。第三の男の目が輝いていたのは、きっとタージ・マハルのような大寺院に人々が集って、幸せそうな笑顔になっている様子が想像できたからなんでしょうね。ちょっとぶっ飛んではいますが……
私も、うん十年とお仕事していますが、このミッションという考え方までたどり着いたのは10年目位の時です。結構時間がかかりました。それまでは作業か、よく言って仕事に成りかかっていた程度の思考しかなかった様な記憶があります。当然つまらないぁ、とか、辞めようかな、は何度も頭をよぎりました。
でも、何か嫌だったんですよ。自分から逃げているみたいで。まだ本気出していないんじゃない? みたいな感じで。で、思考が変化したのは、ある同僚の活動(ボランティア)に触れた時。その方は目がご不自由な方用にキーボードの触感の研究をしていました。当時音声認識の考え方は一般的ではなく、PCにアクセスできる手段はキーボードしかなかったからなんですが。お話をお伺いしたら、その方のお母さまのお友達に該当する方がいらっしゃると。そしてその方がパソコン通信をやりたがっていると。
何故?ってお聞きしたんです、その方に。ご自分の時間費やして、ビジネスにもならないのに、一生懸命試作品つくって。そしたら一言。
「その人と母が通信できたら笑顔が増えるじゃん。」
この時から、自分の仕事もどきがミッションにまで高まったと思います。ITを使いこなせない人が不利益を被らない社会を作りたい。この思いはずっと心の中で生きています。どんな形であれ、その夢を実現させたい。今、私がこの会社を成長させたい、みなさまに大きくなって欲しいと色々試行している背景はずっと昔の小さな思い出が出発点なんです。そうなると、どんな回り道も作業も面白いんですよ。本当に。
Gerd AltmannによるPixabayからの画像