役員メッセージ ちょっと苦しい時に読んでみて

かつ便りNo.179 ~発想を変えられるか~

 

 みなさま 田中かつゑです。腎臓病の治療として、毎週皮下点滴180mlをしている仔。そのリズムが理解できた様です。加えて、輸液が(電子レンジでぬるま湯位に温めているため)気持ちよいみたいなのです。「ぬくい、ぬくいしようね」と声を掛けると、彼はいそいそと窓辺から降りてきて私の膝の間に来て、「さあどうぞ」とばかりに箱座り。何て健気な。このまま小康状態が続きますように。

 仕事の場をこの県に移して数年。時々県庁の前を通ります。その度に思いだすのが、その建物の地下一階で3徹を余儀なくされた事。ええ、ネットワーク系のトラブルのためです。その頃の私は弱冠24-5歳。仕事にも慣れ始め、自分の得意分野を形成しかかっていた頃でした。ある日上司に呼ばれた私は、若干緊張していました。なぜならその理由が、長引いているこの県とA県間のトラブルに関することだと確信していたからでした。

 上司は私からトラブルの状況と解決への目途、それに向けた課題を一通りヒアリングした後、いとも簡単に(まるで、「今日のお昼ご飯は何を食べに行く?」みたいなノリで)、「そうか。じゃあ、かつ(私です)解決するまで現場で出張っておいで。」と一言。思わず「えっ?私一人でですか?」と聞き返す間もなく、「相手側(A県側)担当と上手く連携して頼むよ。」……追加質問も許されず、何時解決するかも分からない現場にたった一人で放り出された私でした。

 事務所から県庁に向かう道すがら、徹夜を覚悟して汗拭きシート、歯磨きセットを薬局で購入し、受付へと向かいます。身分を名乗ると、地下のマシンルームへと誘導されました。重い扉を開けると、メインフレーム特有の ”ゴーッ” という響きが耳にはいります。年間18度を保つよう設定されたマシンルームは涼しいというより、寒いです。加えて窓がない部屋なので、空気が…重く感じます。この電気だけが煌々としている人気のない部屋で、たった一人、トラブル解決まで人身御供となった訳です。

 A県担当の方と連絡を取り、調査に必要な資料を採取し、相互にポイントを確認し合うものの、一向に目途が立ちません。日光が入らない地下なので時間の感覚がマヒしていましたが、胃袋の訴えに耳を傾け時計を見ると、午前3時を回っています。仕方がないので守衛さんから非常口を教えて頂き、丑三つ時に開店しているお店を探して放浪です。…あった!丼物を扱うお店が24時間営業しておりました。すかさず飛び込み注文です。疲れ切った身体と心に甘辛いタレにまみれたお肉とあったかいご飯が染みわたります。お味噌汁の塩気も嬉しい。食べるって大事なんだなとつくづく思います。

 食事のあとは地下室に戻り、その日の進捗状況報告をまとめ、仮眠を取ります。まだインターネットが無い時でしたから、報告もメール送信できません。翌日の朝、上司に電話をした後、FAX(!)で報告書を送るのです。

 2日目。状況変わらず。A県担当と何度も疎通テストの正常系・異常系を試すものの、トラブル発生条件が絞り込めないため、双方疲労が溜まります。そのうちにA県を担当していた技術者は他の方と交代し、また、新たな視点で検証を開始することになりました。私自身は睡眠不足に加え、お風呂にも入れず、もちろん着替えもお化粧のやり直しも出来ず、日の光が届かない “ゴーッ” という音が響き渡る18度の空間の中で黙々と作業を繰り返しているうちに正常な感覚が鈍ってきたような気がしていました。早く解決してお風呂に入りたい、眠りたい…とそればかり念じていたような気がします。きっと判断力も弱っていたのでしょう。そしてその日のディナーももちろん甘辛いお肉が乗った丼です。野菜が食べたいです…。あっ、報告書を書かなければ。時間の感覚が鈍ってきたのかな。

 3日目。そろそろ限界かもしれません。頭が上手く働いていないような気がします。そして、何十回と繰り返したトラブルを再現させる試行中、ふと、空の伝文(先方に送るデーターが無い状態)を送信した時、そのトラブルが見事に再現したのです。びっくりした私たちは、プロトコル仕様書(お互いにデーターをやり取りする時の約束事を記述したもの)を見直します。

私:「ユーザーデーターの長さが0(ゼロ)の場合、こちらはXXXの振る舞いをしますが、そちらはXXXを受け取った場合どうなさっていますか?」

A県担当:「ええと、仕様書に規約が載っていないため、エラー処理を返しています。」

私:「わかりました!こちらは正常応答を待っているのに、いきなり理由が分からないエラーを受信したため、異常として強制終了しています。」

A県:「そうだったのですね!これはプロトコル仕様書に記載が無い状態に対する双方の振る舞いの違いが招いた仕様バグですね。」

私・A県担当:「良かったぁ~!原因が判って。これで帰宅できますね。」

3日目の午後10時でした。

報告書をまとめ、双方で表現が一致するようレビューをし、お互いに合意したところで解散です。ナチュラルハイ、とでも言うのでしょうか。やっと解決への道筋が見えたこと、マシンルームから解放されたこと、お家に帰れること…スキップを踏みながら流しのタクシーに手を挙げた私は酔っ払いに見えたことでしょう。

こうして調査の山を越え、トラブルは解決への道を辿っていくのですが、この過酷な経験は私自身の心の持ちようにも大きな変化を与えました。大げさに言えば怖い物が無くなったとでも言いましょうか。

  • 同じ手法、やり方に行き詰ったら矛先を変えてみればいい
  • 焦っても焦らなくとも結果には大した違いはない
  • 苦しいトンネルを抜け出すのは自分自身だけ

こんなことが自分の足で立つ根底に根付いたような気がしています。
同時に、ある程度不便な環境でも何とかなる図太さも培われたと思います。

 周りから見たらピンチな状態を自分でどのように消化し、ある程度流されながらも心に余裕を持ち続けること。究極の3日間が教えてくれました。

 蛇足ですが、その丼物のお店には1匹の野良ちゃん?がおりました。まだその頃は猫を飼う経験が未だった私は深く考えもせず、タレを取り除いたお肉をちょっとだけ、その野良ちゃんにあげてしまったのは申し訳なかったです。