役員メッセージ

かつ便りNo.79 ~独りで生き抜く力を~

 みなさま 田中かつゑです。お昼ご飯にパスタを茹でていると、麺好きの1匹がカウンターでスタンバイ。乾麺を開けた時からわかっているんでしょうね、ずっとオヤツを待ってます。柔らかく茹でた2本をその仔の前に置くと、すすって食べます(本当よ)。器用だね、そして変わった味覚だね。

 人生で、家事労働が主たる仕事だった時期が2度あります。子供たちの出産に伴う産前産後休暇ですが、この時自分が「名無しの権兵衛」になっちゃったなぁと思いました。同時に、もちろん家事育児は家庭内での大事な仕事なのですが、社会に労働という形で貢献していないことで孤立感を感じたことも覚えています。あの時期だけ、私は「息子ちゃん娘ちゃんのおかあさん。」「田中さん(夫)の奥さん。」と呼ばれ、ああ、自分本人に対する呼称がないんだな、と改めて認識しました。

 こんなことを書く理由は、おそらく数年後には仕事の第一線からも退き、同時に社会での冠言葉もなくなった「田中かつゑさん」が、「息子さん娘さんのお母さん。」や「田中さん(夫)の奥さん。」ではなく、自分自身を表現したくなったせいかもしれません。そのためには私自身が何者であるかをきちんと語れるようになっていないといけませんね。次の人生設計の中で考えていきます。

 社会との接点の持ち方ですが、自分の経験値と興味、続けられるかどうかなどのパラメタを紐解いていきながら、自分は社会にどう貢献できるのかを絞り込んでいきます。習い事を始めるにしても、それがどんな場面で役に立つのかを想像していきます。

 友人は本人曰く粗忽なので、食器を欠けたり割ったりすることが時々あるとか。そこで金継ぎのお稽古を始めるのだそうです。手先を使う細かい作業のため、集中力と根気の衰えをカバーでき、ご自宅の食器をも再生できるとのこと。また別の友人は着付けの免許を取るそうです。目標はお孫さんの成人式に彼女が着付けをしてあげる事。
 また、ある友人は会社を定年退職したのち、「自分が学業成就のために周りの方々に助けられたから」と、進学に関して金銭的に厳しい子女に対し、お家賃を頂かない寮を開業しました。他にも定年後に自分の工房を作って木のぬくもりが温かい食器を生徒さんと一緒に創り上げている方もいらっしゃいます。みなさま、素敵すぎます。全員私よりかなりのお兄さんお姉さんなんですよ。

 若くて元気な時代は、どんな仕事でも何とかなる事が多く、体力に任せて無理も重ねられます。私も40代位までは気力が充実しダメージからの回復も非常に早かった覚えがあります。ただ、今後は同じペースは通用しません。少しだけ背伸びをしながら、けれど自分をわきまえ行動していく必要がありますね。また、自分で何かをやろうと決めて、行動に移すことはセルフコントロールが不可欠になってきます。そこには自分のデッドラインを決めてくれたり、仕事の出来不出来を判断してくれる上司はいません。自分で戒めて奮い立たせることがとても大事な要素になってきます。さらに自分自身がしっかりと大地に踏ん張る事。誰かに依存したり、文句を言っても、それは自分に降りかかってくるだけです。先ほどの寮を作った友人は定年の数年前からコツコツと準備を進め、キャッシュフローがきちんと成り立つ仕組みまで創り上げました。彼は今後も自分で無理をしない範囲でこの彼曰く恩返しを続けていくとのことです。

 いくつになっても背筋を伸ばし、自分をちゃんと持って凛としている。そんな自信を付けたいです。今後10年、20年後には鬼籍に入る友人も出、知り合いも少なくなってくるでしょう。身体の自由が昔ほど利かなくなり未病と言われる調子のままかもしれません。そんな日を想像すると不安でドキドキしてしまいますが、それでも最後まで自分の尊厳を持っていたいと思います。齢80歳を超えてなおかつ新しい事に挑戦しようとする着物姿の老婆を未来に見かけたら、きっとそれは私です。(その頃は美容の技術がもっと発展していてぱっと見には実年齢がわからないかも。うふふ。)