役員メッセージ

かつ便りNo.86 ~自分の経験を蓄えよう~

 

 みなさま 田中かつゑです。13歳になるニャンコ(女の仔)が段々と高いところに上れなくなりました。ちょっと前まで3段ケージの最上階で昼寝をしていたのに、今は真ん中の段。そして、そのお姉ちゃんを大好きな9歳のニャンコ(男の仔)は、お付き合いして真ん中の段に移動。微笑ましい愛の図です。

 誰しもそうかと思いますが、経験していないことは語ったとしても、しょせん妄想の域を出ません。特に未知の分野に対しては、言葉でいくら補っても実感が伴わない空虚さを感じます。(料理が全くできない人が「野菜炒めなんて料理じゃないよ。切って炒めるだけだろ?」と仰せになったときは、私は心の中でその人に鉄拳をお見舞いしました)ただし経験の域が広いことで、それらの断片をつなぎ合わせて、想像の域を高めることは可能です。例として、先ほどの野菜炒めを作る過程を次のように分解してみます。

  • 野菜を選ぶ ⇒ 数種類の野菜を選別、その中で水気の多い野菜は避ける
  • 野菜を洗う ⇒ 特に葉物は内側も丁寧に。水気を十分に切る
  • 野菜を切る ⇒ 火が通りにくいものは薄く切る、一口大に揃える
  • フライパンに油をひき熱する ⇒ 大さじ1位の油の量
  • 野菜を炒める ⇒ 火が通りにくい物から順番に入れる。全体の量はフライパンの半分まで(多すぎると均一に火が通らない)
  • 味付けをする ⇒ 塩、コショウ等。量は野菜の表面を薄くおおう位

 簡単と豪語された野菜炒めも、6つのプロセスがあることがわかります。「切って炒めるだけ」は③⑤の矢印より左側を言っているのにすぎません。なので具体性に欠けるのです。

 一方料理の経験が乏しくても、例えば野外BBQやキャンプ、飲食店でのアルバイト等、多少なりとも料理に近しいことを経験した方は、すべてのプロセスがわかっていなくても材料を選択し、洗ったのち食べやすいように切り、何かの法則に従って炒めること、はおぼろげながらわかっていると思います。その下地があれば、妄想は想像になり、実際に調理方法を習った時も習得が早く、経験値が上がります。この場合、料理に近しい数種類の経験を基にして、料理という新しい経験が加わったことになります。

 私はこの経験という「引き出し」は多いほうが良いと思っています。なぜなら、一つ一つの経験を重ね合わせ、あるいは組み合わせることで、未知だった物事を想像の上でも理解しようという思考になる可能性が高まるから。そして、それが結果として行動イコール経験につながれば、また引き出しが増え自分自身を豊かにすることができると思うからです。

 先ほどの例で言えば、

 飲食店のアルバイトで皿洗いをしていた時、シェフの手際のよい調理をみてかっこいいと思いつつ手順を観察していた。⇒ 自分でもやってみようとSNSやビデオを参考にして挑戦してみた。⇒ 失敗もしたけれど自分の好きな味を手軽に作れることが性に合ったのか料理が好きになった。⇒ 料理の何が好きかを考えたら、調理道具の準備、計量、下ごしらえ、調理順番、時間を守ることでおいしさが生まれると気が付いた。 ⇒ 待てよ、これらってものづくりに共通するのでは?と思いつく。 ⇒ 仕事への応用etc・・・

 ここでのポイントは経験したことに対して、どんな要素が自分にとって何故心地よいかを分解することです。それが具現化できると、同じ要素で題材が異なるものに応用ができるようになります。または題材に目を向けた場合、興味があれば違う要素を自分に経験値として蓄えられるようになります。(上記の野菜炒めを例にすると、キャベツのおいしさに目覚めて家庭菜園に発展、という感じです。)

 「引き出し」は色々な相性、組み合わせ易さ、相乗効果などがあります。自分は〇〇〇だ、と枠で囲ってしまうより、自分の中の可能性を慣れ親しんだ自分で伸ばしてあげる。それはそれで楽しいことだと思います。(私の場合:子供たちが独立し少人数の料理量が掴めない ⇒ 今までの量で作ろう ⇒ 最初から半分冷凍 ⇒ リメイクで料理時間を短縮、という今のところ良いルーチンが開始されています。どのように発展するかは今後のお楽しみです。)