テクニカル

経験を積むこと 3

前回(経験を積むこと 2)の続きについてお話していく。
まだ読んでいない方は、「経験を積むこと」「経験を積むこと 2」を読んでからお付き合いいただきたい。

前回、日常の作業を通して「やったことを経験に変えるため」に必要なことについて「①自分の頭で考えること」「②振り返り」だと考えると話をした。
振り返りに絡むのだが、経験についての自分の視点をちょっと見直してみてほしい。

何かをやれば、当然全てがうまくいくなどと云うことはないだろう。自分にとって、嫌なことや悪いことも起こるかもしれない。
だが、それでも経験した方がいいし、それは必ず自分の血肉に変えることが出来る。

実は経験自体には「良い」も「悪い」もない。
自分の経験に対して「失敗だった」とレッテルを貼っているのは自分自身の思考だ。
事実だけを見れば「想定通りにいかなかった」「予想到達地点に届かなかった」などになるだろう。

成功者のインタビューなどを聞くと、彼らはよく大きな失敗や挫折をしたり、深刻な問題にぶち当たったりしている。
そしてそれがあったからこそ成功したのだと言う。
長い目で見れば、将来何が成功につながるかなど分からないものであるし、失敗したことによって、より上の成功をつかんだなどという話はそこら中に転がっている。
今現在の視点で見て、安直に「失敗」と決めつけるのは早計ではないだろうか。

ひとつ注意しておくと、ただポジティブに考えようという話ではない。
失敗した、と言いたくなる経験をして、そこから目を逸らして誤魔化してしまうと意味がなくなってしまう。
落ち込んだり、後悔したり、経験からくる感情は味わい尽くした方がいい。それを十分に味わうと、自然と前向きになれるものだ。
そしてその時にちょっと考え方の指向性を変える。「失敗ではない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見したのだ(トーマス・エジソン)」と。

勿論、私もこれまで何度も失敗(もとい、うまくいかない経験)をしてきたし、落ち込んだことも数え切れない。しかしそれは必要な経験であったと考えるようにしている。
そしてこれからも結果を恐れずに、たくさんの新しい経験を積み重ねていきたいと思っている。

何が失敗で何が成功だったかなど、人生の終わりに考えればいいことだ。
経験は経験、そのひとつひとつにきちんと向き合い主体的に取り組むことで、より多くの経験を積んでいけたらと思っている。